わたしがお散歩デビューを果たしてから、お行儀よくお散歩する現在のスタイルに至るまでには、地道なスキルアップがあった。
お散歩デビュー当時のやんちゃなわたし
わたしは、ワクチンプログラム終了前から、母に抱っこされて、自宅マンションの入り口で暫く佇み、外の匂いや音に慣らされていた。そうした事前練習と持ち前の社交性で、お散歩デビュー時から、外の世界には興味津々で飛び出していった。
自宅の中とは違う匂いに興味を惹かれて、植え込みを嗅ぎに行ったり、動くのが面白くて鳩や雀、椋鳥に近づいて行ったり。ペットショップで猫をよく見ていたわたしは、野良猫さんは遊び友達だと思って、無防備に挨拶に行っていた。大抵の野良猫さんは、警戒心が強いので、一定のパーソナルスペースにわたしが踏み込むと、一目散に何処かへ行ってしまった……。
中には、ご近所の人にご飯を貰って可愛がられていて、人にもわたしにも警戒せず、時には甘えさえする強者の野良猫さんもいた。
やんちゃぶりに手を焼く母
外に出たてのわたしは、自分の楽しみを貪欲に満喫していたのだが、リードを持つ母は困っていた。
左右にうろうろ歩かれると、他の歩行者や自転車と衝突の危険も出てくる。歩道にはわたしがうっかり食べてしまうと、命に係わる物が落ちている事もある。リードをお構いなしに引っ張って行くわたしは、引っ張りすぎて首輪に負荷が掛かり過ぎ、喉を刺激されて吐いてしまう事もあった。それ位強く引かれるので、リードを握る母の手もかなり疲弊してしまっていた。
理想のお散歩スタイルへの道
お散歩の理想の姿は、リードが適度に緩まり、飼い主のすぐ隣を同じペースで犬が歩き、飼い主とのアイコンタクトで意思疎通を図っている状態であろう。どうにかして、その姿に辿り着かなければと、母は様々な方法を試した。
食べ物で釣ってみる
先ずは、手にご飯を持って、興味を引き隣を歩かせる方法。
これは一定の効果は得られたが、ご飯に注目している間は、わたしは周囲を見ていない。ただ歩くだけなら、自宅の中をずっと歩かせて運動させれば良いのであって、お散歩の本来の目的である、外を楽しむという要素が失われている。
しかも、必ずしもご飯が他への興味に打ち勝つ訳では無いので、ご飯をちょいちょい食べた状態で、全力の引っ張り癖が発動されると、げぼげぼと吐いてしまうのである。
しつけ用リードで指示してみる
犬との初めての生活という事で、母も雑誌や動物関係のテレビ、インターネット等、熱心に情報を得ていた。丁度犬のしつけに関するテレビ番組が、幾つか放送されており欠かさず視聴していた。
そこで、しつけの指示を明確に出す為に、しつけ用のリードを付けて、飼い主に注目させたい時は、くいっとはっきり上にリードを引く、という方法も紹介されていた。実際にしつけ用リードを購入して、注目して欲しい時にはっきり引くというのを実践された。
しかし、わたしはリードの引きよりも自分の欲求を優先するやんちゃぶりを発揮し、自らしつけ用リードをきつく締めてしまい、吐くという散々な結果を招いた。
気持ちの転換
お散歩の最中に、母はご近所の先輩飼い主さん方に、引っ張り癖の悩みを聞いて貰っていた。その方々からは、「若いうちははしゃいじゃうからね。2歳位になったら、落ち着いてお散歩出来る様になると思うよ。」と励ましのお言葉を頂いていた。徐々に母も、育児と一緒で根気よく向き合うしかないか、と開き直る様になった。
装備をリニューアルしてみる
そこで、わたしの健康を考えて、これ以上喉に負担を掛けるのを何とかしたいという事になった。首輪にリードを付けるのでは無く、ハーネスを装着してそこにリードを付ける方式に変わった。尚且つ、リードは手首に通すループがあるタイプから、母がたすき掛けできるタイプに変わり、リードがうっかり手から離れるのを防止出来る様にした。わたしの全力の引っ張りに、母の手首も大分ダメージを受けていた為である。
首輪の方が指示が通り易く、ハーネスはお散歩のしつけが出来てからの方が良いと一般的には言われている。ただ、小型犬・短頭種には首輪だと負担が大きい事も確かなので、母は負担軽減の為に、敢えてハーネスへの変更を決めたのである。
この装備の変更が転機となった。それまで同様、興味を引かれる方向へ勝手に進もうとしても、ハーネスで身体ごとがっちりと動きを止められる様になったのである。瞬間的な指示を出すしつけ用リードとは異なるが、こちらの動きを完全に抑えられるのである。恐らく母は、喉への負担を懸念し、それまでは無意識に力を加減してしまっていたのであろう。それが、ハーネスに変更された事で遠慮なく止められる様になったのである。
動いて良い範囲を学習する
自分の思い通りに動けていた状態から、時にストップをかけられる事で、徐々に、母が掛けているリードを張らない範囲で歩く事をわたしは学習した。リードを張ればその場で止められる。母の隣に戻りリードに余裕を持たせれば、歩ける。わたしの行動範囲が、母に依って制限されている事を体験し、覚えた。
以前から行われていた、ご飯による「ついて」も並行してお散歩の途中で練習したので、行動範囲の把握はすこぶる進んで行った。母が止まったら、自分も止まるし、歩く速度が速すぎたら、リードが張られるのでスピードを緩めて振り返る。
お散歩は家族と
こうして、母を困らせないお散歩スキルをわたしは身に付けた。母の手首は無事である。今でも、旅行先で見慣れぬ土地を歩く時は、気分が高揚して勇み足になってしまうが、母が頑張って制御してくれている。
お散歩は、わたしの運動であり、外の空気を感じ、時に人との交流を楽しむものであるが、それはあくまで一緒に隣を歩いてくれる家族と共感するものなのである。